大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所第三小法廷 平成9年(オ)2037号 判決 1999年4月27日

上告人

齊藤しげ子外三名

右四名訴訟代理人弁護士

余傳一郎

被上告人

岡山県信用保証協会

右代表者理事

秋山孝之

右訴訟代理人弁護士

岡本憲彦

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人らの負担とする。

理由

上告代理人余傳一郎の上告理由について

執行力のある債務名義の正本を有する債権者は、これに基づいて強制執行の実施を求めることができるのであって、他の債権者の申立てにより実施されている競売の手続を利用して配当要求をする行為も、債務名義に基づいて能動的にその権利を実現しようとする点では、強制競売の申立てと異ならないということができる。したがって、不動産競売手続において執行力のある債務名義の正本を有する債権者がする配当要求は、差押え(民法一四七条二号)に準ずるものとして、配当要求に係る債権につき消滅時効を中断する効力を生ずると解すべきである。

そして、右の配当要求がされた後に競売手続の申立債権者が追加の手続費用を納付しなかったことを理由に競売手続が取り消された場合において、右の取消決定がされるまで適法な配当要求が維持されていたときは、右の配当要求による時効中断の効力は、取消決定が確定する時まで継続すると解するのが相当である。なるほど、民法一五四条は差押え等が取り消された場合に差押え等による時効中断の効力を生じない旨を定めており、また、競売手続が取り消されればこれに伴って配当要求の効力も失われる。しかしながら、執行力のある債務名義の正本を有する債権者による配当要求に消滅時効を中断する効力が認められるのは、右債権者が不動産競売手続において配当要求債権者としてその権利を行使したことによるものであるところ、配当要求の後に申立債権者の追加手続費用の不納付を理由に競売手続が取り消された場合には、配当要求自体が不適法とされたわけでもなければ、配当要求債権者が権利行使の意思を放棄したわけでもないから、いったん生じた時効中断の効力が民法一五四条の準用により初めから生じなかったものになると解するのは相当ではなく、配当要求により生じた時効中断効は右の取消決定が効力を生ずる時まで継続するものといわなければならない。

以上と同旨をいう原審の判断は、正当として是認することができる。原判決に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。

よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官金谷利廣 裁判官千種秀夫 裁判官元原利文)

上告代理人余傳一郎の上告理由

原判決には、判決に影響を及ぼすことが明らかな経験則違背、審理不尽、理由不備及び判例違反が存するものである。

一 本件における問題点は、本件競売手続の取消しが被上告人の本件配当要求による時効中断効力に影響を及ぼすかということである。

二 右の点つき、原判決は次のとおり判示している。

1 民事執行法五一条は、一般債権者が配当要求をするには、執行力のある債務名義の正本または仮差押えを必要としているのであるから、同法の下においては、配当要求は、時効中断効の関係では差押えに準じると解するのが相当である。

2 従って、民法一五四条にいう差押えの取消しとは、配当要求についてみれば、配当要求が取り下げられたり、却下されたり、または配当異議の訴え等が提起されるなどして、配当要求に係る債権が配当から排除されることをいうと解すべきである。

3 もとより、配当要求の基本となる競売手続が取り消されるときは、配当要求はその効力を失うことになるが、競売手続の取消は、配当要求をした権利者の意思にもよらず、また配当要求が不適法であったことにもよらないのであるから、配当要求の時効中断の効力を失わせると解するのは相当でない。

4 したがって、本件求償債権の消滅時効は、本件配当要求により一旦中断し、その後本件競売手続取消の時点から再度進行したものである。

三 原判決の問題点は、次のとおりである。

1 原判決は、その結論(前項4)を、配当要求は差押えに準ずるものとして時効中断効が生じ(前項1)、従って、民法一五四条の差押えの取消しとは配当要求自体が取り下げられる等して配当要求に係る債権が配当から排除されることをいうと解するべきであるとし(前項2)、右結論の利益衡量的根拠として前項3を判示している。

2 しかし、配当要求が差押えに準じて時効中断効を生じることから、何故に前項2の結論が生じるか、その説明、根拠づけが十分になされていない。また、前項3の利益衡量は債権者に一面的、一方的なものであり、合理性を有しないものである。

四 民法一五四条の「取消」について

1 民法一五四条が時効中断の効力不発生事由として、「取消」を規定している趣旨は、差押えによって生じた時効中断効がその取消により差押行為が完結しない場合にはその中断力を認めないということである。

2 本件競売手続は、追加予納命令に違反し、取消されたものであり、正に民法一五四条の「法律の規定に従わざるに困りて取消されたるとき」に該当するものである。

この点に関し、判例(東京高裁昭和五六年五月二八日)は、競売手続が無剰余を理由に取消されたとき、仮差押えによる時効中断効は、取消命令の確定によって消滅し、仮差押の被保全債権の消滅時効はその時より再び進行を開始したものというべきである旨を判示する。

しかし、右判例の無剰余を理由とする競売手続の取消は、正に法律(民事執行法)に基づく取消であり、「法律の規定に従わざるに困りて取消された」ときではないのであって、本件事例とは事案を異にするものである。

3 本件競売は、追加予納命令に違反したことにより取消され、遡ってその効力を失い、本件配当要求はその基本となる競売手続が取消されることにより、当然に遡ってその効力を失い、その時効中断効も遡ってその効力を失うのが当然のことである。

五 いわゆる裁判上の催告について

1 原判決も判示しているように、本件配当要求は、その基本たる競売手続が取消されたことにより、その効力を失うことになる。時効中断効は初めから生じないことになるのが原則である。

2 原判決は、前記のとおり、「本件求償債権の消滅時効は、本件配当要求により一旦中断し、その後本件競売手続取消の時点から再度進行したものである」と判示する。

その理論的根拠は何であろうか。民法一五四条の解釈から右結論が導かれるのか、それとも時効ないし時効中断制度の趣旨から結論づけられるのか。十分な理由づけがない。

3 判例は、最高裁昭和三八年一〇月三〇日以降、請求としての完全な中断効の認められない、裁判所における権利者の権利主張に、その主張の継続するあいだ中、「催告」としての効力を認める、いわゆる裁判上の催告を認めている。

裁判上の催告は、たとえば訴の提起をしておいて、それがなんらかの理由で不適法却下されたとき、時効中断の効力が全く生じていなかったとすると、その時点で時効が完成しているかも知れず、債権者に酷な結果となること、時効中断の理論的根拠からいっても、債権者の権利行使とみられる客観的な事実がある以上、事実の平穏な状態が破られるのであって、ある種の中断の効力を認めてよいとのことを、その根拠としている。

4 判例は、権利の請求についてのみ裁判上の催告を認めているのであり、本件配当要求のような権利実行行為に認めるものでない。

しかも、後述のとおり、配当要求をしている債権者は二重競売の申立により、自己の債権を保全できるのであり、裁判上の催告の効果を認めなくても債権者に酷な結論にはならない。

六 利益衡量について

1 原判決は、前記のとおり、「競売手続の取消は、配当要求をした権利者の意思にもよらず、また配当要求が不適法であったことにもよらないのであるから、配当要求の時効中断の効力を失わせると解するのは相当でない」と判示する。

2 しかし、被上告人は、配当要求債権者として債務名義を有しているのであり、二重競売申立をすることができるのである。被上告人は、訴外表敏雄が申立てたことにより開始された本件競売手続について配当要求したものの、その後は本件求償債権の実行行為を放置したものであるから、配当要求による時効中断効が初めから生じなかったと解しても被上告人に酷な結果とはならない。

七 右のとおり、原判決には、判決に影響を及ぼすことが明らかな経験則違背、審理不尽、理由不備及び判例違反が存し、破棄されるべきものである。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例